WEBきらら
ホーム > きらら通信 > 2011年
きらら通信
きらら通信アーカイブ 》》

2011年12月号 【91】

 19世紀のノルウェーの作曲家、エドヴァルド・グリーグは、40年近くかけて全66曲からなる「抒情小曲集」をライフワークのようにして紡ぎ上げ た。そのなかで、若き日に書いた曲「アリエッタ」の感傷的で切なく響くメロディーが、晩年の「余韻」において軽やかで明るさを伴った曲調のものとして、再 度奏でられている。

 文芸の編集を始めた頃(今から十年近く前)、ある作家の方に同じテーマで十数年後に「グリーグ」のような形で再度書いてみる可能性はあるのか訊いてみたことがあった。なぜ、そんな暴挙に出たのか。

 書き手には、「これを書きたいから小説を書いている」という大きな固まりのようなものがひとつ、もしくは、ベクトルの異なるもうひとつの固まりと のふたつがある。大別すると、作家は生涯にわたって、その固まりの周辺をぐるぐると回り続けるか、もうひとつの固まりとの往還運動を繰り返しながら書き続 けていく、という内容の話を当時どこかで聞いたか読んだかしていた。だから、音楽と小説との違いはもちろんあるが、ものを創り出す際のモチベーションとし ては「グリーグ」的な方法論は、小説を書く際のものとしても有効なのではないかと思えたのだ。

 だけど、しばらく時間が経ってみると、事はそんなに簡単なものではないことに気づく。例えば、ウラジーミル・ナボコフが「ロリータ」を書く際の起 点は「パリ植物園の猿が最初に描いたスケッチは、自分の閉じ込められている檻の格子だった」という趣旨の記事だったという有名な話がある。この新聞記事 が、どうしてあのお話に結びつくのか、結局のところ読解力に劣る自分にはよくわからない。書き手のモチベーションが、こちらが思っているほど分かりやすい ものでもないことの証左である。

 何より書き手の人たちは、書き続けなくてはいけない苦しみを感じつつ、同時に何かを書かずにはいられないある種の生理的欲求のようなものを抱えて いるように思える。作品へのモチベーションは、そうした状況下に於いては、何か荒野に灯った小さくも確かな明かりとして機能する、大変切実かつ取り扱い注 意なものであり、迂闊に知った風な口を編集者がきくことは、慎まなければならない。

 この仕事を続ければ続けるほど、作家の方々と次作の構想の話をする時間がかけがえのないものであると同時に、恐ろしい時間のように思えてならない。

( II )

2011年11月号 【90】

 ある作家さんの朗読会にお邪魔した。三人の方が登場し、それぞれ自作の一部を朗読するという主旨のものだったが、そのなかの一人の作家の方の朗読 がたいへん印象に残った。他の二人の方は、目の前にいるオーディエンスに聞かせようという意識のもと、抑揚をつけたり、テンポを微妙に変えたり、書き手側 の演出というか、読者サービスのようなものが仄見え、「作家という人種の人たちは、やっぱりサービス精神に溢れていて、素晴らしいなあ」などと素直に感動 したりしていた。

 ところが、最後に登場した書き手の方だけ、様子が異なっていた。まず、読んでいる声がほとんど聞こえない。会場は、基本的に静まりかえっ ていたのだが、それでも、耳を澄ませないと聞こえてこない(途中、会場の係の方が慌てて作家の襟元についているピンマイクの音量をあげたほどだ)。声も、 ボソボソと掠れたように低く、およそ、ふだんその作家の方から受けるイメージとは似つかないものだった。朗読箇所の視点人物に感情移入して読んでいる部分 も勿論あるだろう。だけど、それだけで片付けてしまうのは短絡的だと思わせてしまう異物感のようなものが、そこにはあった。そして次第に(この点こそ、前 二者の書き手の方々との圧倒的な違いを覚えた点なのだが)、誰かに聞かせようという意識から遠く離れたところで一人、縹渺たる自作の世界に入り込んでし まったかのような気配すら纏っていった(事実、朗読中に、かなり大きな「揺れ」を感じたが、唯一、この作家さんだけが、そのことに気づいていなかった)。

 よく、作家の方々が自作を執筆する際、声に出しながら小説を書いていくという話を聞くが、まさに自らの執筆空間で、この書き手の方は、このような 声を発しながら、文章を連ねているんだろうな、と首肯せしめてしまう妙な説得力が感得された。「ラング」と「パロール」の関係ではないが、書かれたもの は、その直前に、発話されてからアウトプットされていくという大前提を思い起こさせてくれる。

 実際、自分たちも本を読んでいるときに、自覚こそないものの、声なき声で、文章を発話しながら読んでいるはずだ。よく文章にリズムやテンポを感じ たり、作品の持つトーンのようなものを感じたりするのも、発話から入ってくる「音」のイメージが大きいように思う。いずれにせよ、作家の方の執筆の瞬間に 繋がるような姿の一端を思いがけず垣間見たような、不思議な心持ちになった。

( II )

2011年10月号 【89】

 先日、鳥渡(とりわたり)さんという人にお会いした。実に珍しい名前だが、それと同時にふと思い出したことを、少し書いてみようと思う(なので、今回の話は、鳥渡さんとは全く関係がありません)。

 たしか、室生犀星の「かげろふの日記遺文」を読んでいたときのことだ。「ちょっと」という言葉に、「鳥渡」という字を当てていた。普通、 「一寸」というのはよく見るが、この当て字は、自分の貧困な読書歴のなかではあまり目にしたことがなく、しばらくの間印象に残っていた。そして、「鳥が渡 る」くらいの時間というのは、どんな長さなんだろうか、と、折節に考えた。

 普通に想像すれば、「ちょっと」というくらいだから、スズメが「チチ…」と囀りながら、ベランダの欄干から飛び立っていくわずかな時間なんだろう かと思う。だけど、「鳥が渡る」程度の時間なのだから、夕暮れ時、雁が群れをなして山間を渡っていく時間幅の方が正しいような気もしてくる。ただ、それだ と、何やら物思いに耽りつつ、しばし西の空を眺めている自分の姿をイメージしてしまい、自分たちがふだん「ちょっといいですか?」「ちょっと時間あります か?」という時の慌ただしい時間の感覚に少しそぐわないような気がしてしまう。

 もちろん、「ちょっと」が表す時間のテイストや幅が、時代とともに変化したことも確かにあるだろう。だけど、時間を秒単位、分単位などで分けるこ とに慣れてしまった自分たちだが、もともと同じ時間でも、長く感じたり、短く感じたり、主観が勝った場合は、まったく異なった時間が流れているように感じ ている場合がある。「ちょっと」という時間は、そんな風に考えてみると、主観に基づいた一人一人の感覚で時間を区切り直しているような気もしてくるし、こ うした時間の感覚こそが、小説のなかで流れている時間とも符牒が合うようにも思う(そもそも、本を読んでいる時間というものに、六十進法の時間の流れを当 てはめるのは無意味なように思える瞬間すらある)。

 さて、そんなことを思いながら、新幹線に乗って、ぼーっと車窓の風景を眺めていたら(たしか、駅でいうと、新神戸から新大阪のあいだくらい)、高 速道路の防音壁が平行して走っているところで、突然、その遮蔽物が途切れている箇所があった。そして、その合間から、某有名チェーンマーケットの鳩の看板 が、ふっとあらわれたのだ。

 あ、飛んだ。その時、そう思った。時速二百数十キロの世界で体験できる、これも「鳥渡」の時間なんだと思った。

( II )

2011年9月号 【88】

 今号から、新たに編集長の任を受けましたIと申します。前任のI同様、どうかよろしくお願いいたします(紛らわしいので、今後ここではIIと表記させていただきます)。

 さて。
今回は、自己紹介も兼ねて、いきなり自分の過去の記憶を遡ってみることにする。
一番目。犬に吠えられて、家の近所の池で溺れた記憶(二歳くらい)。
二番目。宇宙人に拉致された後、家に戻されたところから始まる記憶(四歳くらい)。
三番目。自分の弟を田舎の駅のホームから誤って突き落とした記憶(五歳くらい)。

 改めてこうして並べてみると、たいへん衝撃的な出来事が顔を揃えていて、大丈夫か、自分? という気がしないでもない。  

 それでも、暢気な顔をしていられるのは、ある確信があるからだ。二番目の記憶は、おそらく夢でうなされたものが固着化したものだし、三番 目も、同様だろう(実際、数年前に弟に確認したが、そのような記憶はない、といわれた。蝉の抜け殻を自分に食べさせられたことなどは些細に覚えている記憶 力のよい男がいうのだから、間違いないと思う)。一番目の記憶だけは、溺れた直後、目の前が泡のようなもので満たされ、遠くで聞こえる犬のけたたましい吠 え声が印象に残っているなど、ほかの二つとは記憶の質が違うような気がする。

 それにしても、なぜこんなことをつらつら書いているのかというと、「子どもの頃の思い出は本物か」(カール・サバー著、化学同人)という タイトルの本を見つけたからである。記憶というものの曖昧さにきちんと向き合っている本で、とくに幼少期の場合、しばしばそれは本人さえ気づかずに間違っ たかたちで保管されているという。そして、それは、会話によって虚構化が進むプロセスを辿ることが多いそうだ。自分の場合を振り返ってみても、二番目と三 番目の記憶は、「ネタ」のようにして、様々な場面で話しているうちに、おもしろおかしく起承転結のようなものまで次第に出来上がっていったように思う。

 記憶にまつわる小説は、プルーストから朝吹真理子氏まで、古今東西、主要なテーマとして書き続けられているが、小説のなかでは、記憶の蓋 然性よりもむしろ、どちらかというと、その不確かさの妙味というか記憶の曖昧さのメカニズムにこそ美点を見いだしている気すらしてくる。わからなければ、 わからないほど、小説はおもしろいのだろう。

( II )

2011年8月号 【87】

 雑誌から単行本のセクションに移ってきて最初に仕事をしたいと思ったのがその作家だった。生まれた年が一緒、二十代でデビューして、その最初の作 品は映画化もされた。作家としては申し分のない華々しい登場であった。さっそく彼の作品を読み、その魅力的な文章と物語の巧みな構成に舌を巻いた。自分と しては初めて同年代の作家の仕事をリスペクトすることになった。以後、彼の発表する作品のことはずっと気になっていて、週刊誌で芸能人の記事や美女のグラ ビアなどをせっせと入稿しながらも、新刊が出ると必ず目を通していた。その頃、いま自分が在籍している文芸のセクションなどは影も形もなく、まさか近い将 来に自分が小説の仕事に就くなどとは夢にも思っていなかった。

 実は雑誌の時代に一度だけ、その作家に会っている。新刊の連作短編集が隣の文芸出版社から刊行されたのをきっかけに、著者インタビューをするため 彼の住む町まで出かけたのだ。当時もいまも彼は自分の住む土地から一歩も出ない作家として知られていた。取材後、九州の西端の町でともに酒杯を傾けたとき も彼と小説の仕事をするなどとはつゆほども思わなかった。もし、その頃、執筆の依頼をしていれば、彼がその後に発表することになる話題作のうちのひとつく らいは自分の仕事として世に送り出せたかもしれない。

 単行本のセクションで仕事を始めた頃、時を同じくして、九州の西の端で会った作家は第二期の黄金時代を迎えつつあった。少し作風を変えて発表した 作品が評論家や書店員さんたちから絶賛を浴び、旧作なども続々と文庫化され、ブームを迎えていた。小説の仕事を頼んだのはそんなさなかで、順番待ちの編集 者の列の最後尾に並ぶことになった。

 それから十年余、いよいよ自分が同年代で初めてリスペクトした作家の連載小説が、今号からスタートする。彼は律義にも執筆依頼を覚えていて、どう やら約束を果たしてくれたようである。ただ、その間に、担当者は自分よりはるかにその作家を愛してやまない若い編集者に代わった。そして、今号をもって自 分もこの雑誌から離れることになった。次号からは新しい編集長がこの欄を執筆することになる(それが条件で彼にお願いした)。自分としてはようやく間に 合ったという感じである。この欄を書く最後の号で、彼の新しい小説を始めることができたのはたいへん嬉しいことであり、光栄なことだ。佐藤正午さん、『鳩の撃退法』よろしくお願いします。

( I )

2011年7月号 【86】

 いまからちょうど10年前、仕事の打ち合わせで、ある写真家の事務所にお邪魔をしたとき、応接セットの片隅に1冊の本を見つけた。サイモン&ガー ファンクルのデビューアルバムのタイトルをそのまま書名にしたその本は、装幀も素晴しく、ぼくに向かって読んでくれと言わんばかりに古い革貼りのソファに 置かれてあった。それが書店に並ぶ前の蓮見圭一さんのデビュー作『水曜の朝、午前三時』であった。刊行前の見本として写真家の事務所に送られてきたその本 を、もちろん写真家の方には断ったうえではあるが、半ば強引に家に持ち帰って読み、この作家の方に会ってみたいと思った。

 当時、蓮見さんはある出版社の社員であったため、当人が姿を見せない「覆面作家」で通していた。担当の編集者に連絡を取り、『水曜の朝、午前三 時』に関する感想を添えて、蓮見さんとの面談を希望したが、名前入りのサイン本が1冊送られてきただけで、実際に会うことができたのは、その3年ほど後の ことだった。

 蓮見さんとは初対面から話が弾んだ。すでに『水曜の朝、午前三時』がベストセラーとなっていたが、話はそのことよりも読んできた本、聴いてきた音楽、観てきた映画の話に終始した。そして別れ際に「ぜひ一緒に仕事をしたい」とお願いした。

「きらら」を創刊して2年後、蓮見さんから最初の原稿をいただいた。その間、取材や打ち合わせで何回も蓮見さんとは話をする機会を得た。とくに小説 に対する考え方についてはいつも強くインスパイアーされるものを感じ、かつこちらもずけずけと物を言わせていただいた。そのやりとりの過程はたいへん楽し いものであり、毎回いただく原稿にはいつもわくわくさせられた。

 連載は2年間ほど続いた。単行本として刊行するために、すぐに全編をゲラにしてお渡ししたが、そのまま1年が過ぎた。戻ってきた原稿は元の3分の 2くらいまでに見事にシェイプアップされ、知らず知らずのうちに読者を物語の中に引きこむ、蓮見さんならではの企みが随所に凝らされていた。しかし結末部 分については意見が分かれた。それからまた2年、蓮見さんとのゲラのやりとりは数回にわたった。そして毎回戻ってくるたびにびっしりと新たな書き込みがさ れていた。

 最初にその著作を読んでから10年、実際にお会いしてから7年。いまこうして1冊の本となったが、ずいぶん丁寧な仕事をさせていただき編集者としての幸せを噛み締めている。『別れの時まで』、ぜひお読みください。

( I )

2011年6月号 【85】

 今月号のfrom BOOK SHOPSのPick UPのコーナーでも取り上げられているが、小川洋子さんの小説『人質の朗読会』は、物語というものはどういうものなのかということをあらためて深く考えさ せられるきわめてインスパイアーに満ちた作品であった。地球の裏側で日本人のツアー観光客8人が反政府ゲリラに拉致され100日以上の幽閉生活を送ること になるのだが、閉ざされた空間の中で8人は「朗読会」というかたちでそれぞれの人生の物語を語り始める。作品ではそこに至る経緯が語られた後、8人の8つ の物語が続くのだが(最後には事件に関わった現地の人間の9つ目の物語が置かれている)、この小説を読んで、自らの持論である「人類は暗い洞窟の中で恐怖 から逃れるために物語を発明した」という考え方にさらに強い援軍を得たような感じがしたのだ。

 このいささか独善的持論については、本誌3月号の当欄でもかなり雑駁な考えを披露しているが、こうして『人質の朗読会』を読んでいると、人間が恐 怖と同居しながらひとつの空間に閉じ込められたとき、思いもかけない豊かな物語を語り出すのではないかという想いが浮かんできて、あらためて自らの強引な 持論が補強されるような気がしてならない。

 今回のPick UPの小川さんへのインタビューには図々しくも同席させていただいたが、そこでうかがった話もずいぶんと示唆に富むものばかりだった。小川さんは、「昔は 自分の書きたいことを書くことで精一杯だった」という。いまはそれでは駄目だと思っていて、「人々の記憶の中にしまわれている物語をみんなが読める形に書 き写すような心持ちで仕事をしていく」と語られていた(詳しくはPick UPのページで)。そしてその考えのもとに、『人質の朗読会』という作品を執筆したのだという。

 持論を再度述べさせていただくが、かつて人類は陽が沈むと外界に広がる暗黒から逃れるために洞窟の中で英知の火を焚きながら物語を語り出した。そ れは真昼の世界の英雄譚であったり、まだ見ぬ世界の桃源郷の話であったりした。人類は恐怖から自由になるために物語を発明した。その物語の幸福な余韻に包 まれながらひたすら夜明けを待っていたのだ。『人質の朗読会』という小説は、そのシチュエーションをまさに現代に再現した。電力規制で少し暗くなった東京 の街を歩きながら、ささやかな闇の中で物語の復権をひそかに目論む小説の編集者がいるということを、今日は読者の方々の胸に留めていただきたい。

( I )

2011年5月号 【84】

 先日、多くの文学賞の選考委員をつとめる高名な作家の方とお会いしたときに、こんな話を聞いた。「私は、毎日4時間は自分の仕事とはまったく関係の ない本を読むことにしている」。以前、その方のお宅へうかがったときも、内外の図書がびっしりと収まった立派な書庫を見て驚いたことがある。一見すると本 の並びは乱雑なのだが、明らかにその状態は誰かの意志の支配下にあり、それはすべてそこにある本が読まれているということを意味するのだった。普通の家な ら8畳くらいはあるその書庫のことが頭にあったので、「毎日4時間、仕事とは関係のない本を読む」というその作家の方の言葉はすぐに納得することができ た。

 さて、翻って自分はどうかと考えてみれば、実に情けない思いにとらわれる。原稿読みとゲラ校正に追われ、最近はまったく仕事関係の「読書」しかできていないのだ。もちろん原稿読みとゲラ校正が果たして「読書」というものに値するかどうかはかなり怪しいのだけれど。

 このところ若い小説家の作品を読んでいて気がつくのは、書こうとしていることがいとも簡単に透けてしまうということだ。かなり描写力やストーリー テリングに優れている人のものでも、作者が描かんとしている世界が容易に想像できてしまう。はっきり言えばすべて想定内で、意外性に欠けるものばかりなの だ。読書する愉しみのひとつに、いままで自分の知らなかった事柄に出合えるということがあると思う。この幸せな出合いがあるからこそ本を読むわけだが、そ れが最近の若い小説家の書くものを読んでいてもほとんど感じられないことが多い。小説自体がやせ細ってきているように感じられるのだ。

 冒頭の高名な小説家の方は自分の読書のときは、絶対に小説は手に取らないという。経済学の本であったり、音楽家の手記であったり、詩集であった り、ふだん自分が書くときには直接には役に立たないものばかり読んでいるという。しかしその毎日4時間の蓄積が、料理の隠し味のように書いているものに滲 み出でくるのだと思う。

 4時間といえば一日の六分の一だ。その時間だけでも、いつもと違う自分になれと冒頭の言葉は言っているようにも聞こえる。小説というものが人間を 描くものであるかぎり、一日の六分の一でいいから、自分ではないもう一人の自分と出会う。そうするとおのずと見えてくるものがあるに違いない。小説という 表現で複雑なる人間の心の鍵を解き明かすにはそのくらいの努力はいつも必要なのかもしれない。

( I )

2011年4月号 【83】

 いま手書きで原稿をいただいている作家の方が一人いらっしゃる。その方からの原稿は、毎月、できる限り直接お会いしていただくようにしているのだ が、これがことのほか楽しい。連載の長編小説なので、進行している作品のことを話し合いながら原稿をいただくと、物語の世界はどんどん広がっていく。これ はもう編集者の得難い特権なのだ。作家の方の都合もあり、直接いただくことができないときでも、手元に届いた原稿が入った封筒を開くとき、(その作家の方 は喫煙者なので)かすかなタバコの匂いがする。そのときは作家の方の創作の現場に立ち会っているような錯覚に襲われる。もちろん直接お会いしていただくと きは、錯覚などではとうていなく、実感として作品が生まれる現場にいるという気分にひたれるのだ。

 実は「きらら」の少ない7年の歴史のなかでも、手書きで原稿をいただいたのはその作家の方、ただ一人だけだ。かつてこの世界に足を踏み入 れたとき、まだワープロ(いまや完全に死に絶えてしまった)すら普及しておらず、原稿は手書きでいただくものと決まっていた。原稿を手にするために日本各 地に出張に出かけたし、いまは世界的に活躍している作家の方の貴重な手書き原稿もお会いしていただいたことがある。やがてパソコン通信が一般化して、原稿 の受け渡しもネットのなかで行われるようになると、まったく作家の方と顔を合わさず、その都度話をすることもなく、原稿を手にすることになっていった。も ちろん作品についての打ち合わせは事前事後に綿密にするわけなのだが、手書き原稿で直接いただくときとは、まったく違ったものを感じた。そして、それは物 語が生まれる瞬間に立ち会うということにはほど遠いような気がしたのだった。

 手書きでの原稿をいただいていた先達の編集者たちがうらやましい。もちろんネットで原稿のやりとりをするようになって実務的仕事は格段にやりやすくなったが、それが逆に小説などというきわめてアナログな創造物には、マイナスの作用を及ぼしている気もする。

 ずっと手書きで原稿をいただいていた連載小説も、今号でいよいよ25回目を迎える。物語はかなりクライマックスに近づいているのだが、毎回毎回手 書き原稿で読んできたファーストリーダーとしての特権は、いまでも編集者として至福のものだったと思っている。原稿が入れられていた封筒を開いたときに 漂ってくるかすかなタバコの匂いとともに。

( I )

2011年3月号 【82】

 物語の原初はノンフィクションであったと思う。狩猟で暮らしたわれらが先祖は、昼間あった事実を、夜、火の傍に集い語り合った。まだ人類が洞窟の中 に暮らしていた頃、どれほど言語が発達していたかどうかはわからないが、もちろん身振り手振りも交えて、リアルに太陽の光の下で起きたことを、互いの「業 務報告」のように伝え合っていたのだと思う。そこに虚構の介在する余地は極めて少なかった。

 では人類はどこで嘘をつくことを獲得したのだろう。これはまったく想像の域を出ないことなのだが、たぶん恐怖を語るときに人類は虚構を交 えることを思いついたのではないかと考える。では「恐怖」とは何か。それは目に見えないものといってもよい。白日の光の下で見えているものについては、い ささか言語が未発達といっても、それは充分に語ることができた。しかし目に見えないもの、闇の向こうで蠢いているものについては、叙述する言葉さえ持って いなかったと思う。そして、それを語るため人類は「嘘」を思いついたのだ。

 物語の発展系である小説は、もちろん事実から遠く離れて、それは虚構の王国の中に形づくられている。極論を言えば、小説の良し悪しは、如何に真実 に迫る嘘をつくかにあるといってもよい。目に見えないものを目に見えるかのように錯覚させる。いや、「錯覚」などではないのだ。目に見えないものに形を与 えてやること、言語を駆使して可視なものとすること、それが小説のなすべき王道なのである。

 最近、不思議な小説に出合った。物語が転回する重要な一点が、まったくの偶然によってもたらされているにもかかわらず、そのことがまったく気にな らず、むしろその偶然が必然であるかのように小気味よく感じられる作品であった。その書き手の他の作品も読んでみたが、どの作品も「嘘」のつき方が尋常で はない。たぶんまともな神経の持ち主ならば、書くことを忌避してしまうような表現でも、この作者は堂々とやってのけてしまう。それはたぶん作品で書こうと している世界観が確固としているからなのだろう。「嘘」はそのために繰り出され、やがてそれは読む者にとっては快いものにさえなっていくのだ。

 思えば「嘘」はこの国の小説の世界ではひどく冷遇されてきたように思う。ラテンアメリカの小説などで壮大な嘘に出合うことはよくあることだが、よ うやくこの国にも「嘘」に対して一片の後ろめたさも持たない大胆不敵な小説が生まれた。そしてそれがある種の恐怖小説であることも付け加えておこう。

( I )

2011年2月号 【81】

 人類は太陽が沈んだ後の暗い夜を乗り切るために物語を発明した。この意見にぼくは全面的に賛同する。闇の原野を徘徊する魑魅魍魎たちから逃れるよう に、 狭い洞窟の中に集い、語り部の冒険譚(おそらく)に耳を傾ける。物語は、語り手と聞き手が顔を突き合わせる至福の距離の中で共有され、育まれ、そして人々 に勇気を与えるものが伝えられていった。人類が文字を持たぬ間に、語りによって物語にはさまざまな人を感動させる新しい要素が付け加えられ、強化されてい き、神話なり伝承文学として世界各地に残されていった。文字の無い時代、それはある意味で物語の黄金の時代であったのかもしれない。

 文字を持ち、物語を記録として定着できるようになってから、共有物としての物語はリノベーションを停止する。物語は共同体の所有物ではなくなり、おもに 個人から発せられる「表現」と化していく。物語は「われら」で語られるのではなく、「私」から発せられる個的なものとなる。とくに、活版印刷が発明され、 物語の大量頒布が可能になると、その傾向はますます強くなり、物語は個人の言語表現の芸術として発達していく。それをぼくたちはおそらく「小説」と呼んで いるのだ。

 語り手と聞き手が至福の距離を築いていた時代、それは裏を返せば、「物語」の生存競争が著しく激しい時代でもあった。暗い洞窟の中で、聞き手の心を動か さぬ物語はたちまち廃棄され、人々を感動させる新しい物語が語り手たちによって渉猟され、また提供されていった。物語は人々が生きていくうえで、 必要不可欠のものであり、なくてはならないものであった。物語が「小説」と名前を変えてから、この必要性は果たして維持されているのだろうか。「表現」や 「芸術」という言葉に幻惑されて、洞窟の中で享受した愉しみを失ってはいないだろうか。

 昨年暮れ、またひとつ新しい年を迎えるにあたり、こんなことを夢想した。電子書籍の出現で「物語」にも新たな局面が訪れるのは必至の状況だ。しかし、こ んな時だからこそ原初の誕生の時に戻りたい。人類がどのようにそれを発明して受け継いできたのか、出発点に戻ることで「物語」の基本的な在り方が 浮かんでくるのだと思う。人類は洞窟を出てすでに何千年もたつが、物語の愉しみに関してたいした違いはないと考える。「物語」を盛る新しい器が登場してき たいまだからこそ、ぼくたちはこの人類が必要としてきた愉しみについて根本から考え直さなければいけない。

( I )

2011年1月号 【80】

「きらら」の創刊号以来続いている読書コラム「from BOOK SHOPS」。その名の通り“小説の最前線は書店の店頭にあり”という考えから、書店員さんによる作家インタビューと書評をこれまでずっと同じ形式で載せ てきた。作家インタビューのほうは、過去多くの小説家の方にご登場いただき、書店員さんの目線から作品への思いや創作の秘密を訊いていただいた。また書評 は、読者代表でもある書店員さんのナマの声で、書店店頭でいま注目を集めている本を取り上げ紹介してもらってきた。どちらのコーナーもいまや「きらら」の 名物コラムとなっているが、そのすべては「WEBきらら」で読むことができるので、どうかご覧になっていただきたい。(→作家インタビューはこちら、→書評はこちら

 先日、ある新聞で、芥川賞や直木賞を受賞した作品より、書店員さんたちが選ぶ本屋大賞に輝いた作品のほうが、断然、部数的に本が動いてい るという記事を読んだ。これまで日本の文学賞や小説賞と呼ばれるものは著名な作家たちが選ぶものが圧倒的に多かった。いきおいそれは実作者の立場からおも に作品の完成度の可否を問うかたちで選考されてきたように思う。もちろんもっとシンプルに一読者として楽しんだというような選評も何回かは目にしたことは あるが、概ねこれまでの文学賞や小説賞は前者のような“実作者=送り手”の観点から選ばれてきたように思う。そこにある意味で風穴を開けたのが、書店員さ んが選ぶ本屋大賞であったのだ。書店員さんという、より読者(=受け手)に近い視点から、面白くて楽しめて心動かされる作品を選ぶ、その結果が広く多くの 読者の支持を得るのはまったく不思議ではないことなのだ。

「from BOOK SHOPS」も第一回からそのような観点から多くの書店員さんたちに参加していただいた。そしてそこで展開されてきた小説に対する思いや考え方は、ともす れば単なる“送り手”と化してしまいかねないわれわれに、“受け手”の視点を鮮やかに呼び覚ましてくれた。書店員さんによる作家インタビューや書評から素 晴らしいインスピレーションを受けたことは何度もあった。読者により近い立場から作品について考える、これはわれわれが小説を世の中に送り出していくうえ で、とても重要なことのように思える。

 電子書籍の出現や単行本の不振など、このところ小説を取り巻く環境にはたいへん厳しいものがあるが、この“受け手”の視点さえしっかりと失わないでおけば、われわれはいつでも正しい場所に戻れるような気がしている。

( I )

  • 単行本この一冊

    ぼくの死体をよろしくたのむ/川上弘美

  • 単行本この一冊

    ボローニャの吐息/内田洋子

  • 単行本この一冊

    キャットニップ 2/大島弓子

  • 単行本この一冊

    本を守ろうとする猫の話/夏川草介

  • 単行本この一冊

    錯迷/堂場瞬一

  • 単行本この一冊

    原之内菊子の憂鬱なインタビュー/大山淳子

  • 単行本この一冊

    墨田区吾嬬町発ブラックホール行き/上野 歩

  • 単行本この一冊

    雨利終活写真館/芦沢 央

  • 単行本この一冊

    メシマズ狂想曲/秋川滝美

  • 単行本この一冊

    セイレーンの懺悔/中山七里

  • 単行本この一冊

    ママたちの下剋上/深沢 潮

  • 単行本この一冊

    君はレフティ/額賀 澪

  • 単行本この一冊

    私はいったい、何と闘っているのか/つぶやきシロー

  • 単行本この一冊

    夜行/森見登美彦

  • 単行本この一冊

    ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集/森見登美彦

  • 単行本この一冊

    つめ/山本甲士

  • 単行本この一冊

    氷の轍/桜木紫乃

  • 単行本この一冊

    ラーメンにシャンデリア/風 カオル

  • 単行本この一冊

    世界が記憶であふれる前に/岡本貴也

  • 単行本この一冊

    遊戯神通 伊藤若冲/河治和香

  • 単行本この一冊

    ショートショート千夜一夜/田丸雅智

  • 単行本この一冊

    希望荘/宮部みゆき

  • 小学館文庫イチ推し

    その手をにぎりたい/柚木麻子

  • 小学館文庫イチ推し

    追憶/青島武

  • 小学館文庫イチ推し

    スープの国のお姫様/樋口直哉

  • 小学館文庫イチ推し

    付添い屋・六平太 天狗の巻 おりき/金子成人

  • 小学館文庫イチ推し

    虫娘/井上荒野

  • 小学館文庫イチ推し

    日本一の女/斉木香津

  • 小学館文庫イチ推し

    大脱走/荒木 源

  • 小学館文庫イチ推し

    祝福/長薗安浩

  • 小学館文庫イチ推し

    ひなた弁当/山本甲士

  • 小学館文庫イチ推し

    旅だから出逢えた言葉/伊集院 静

  • 小学館文庫イチ推し

    鴨川食堂おまかせ/柏井壽

  • 小学館文庫イチ推し

    モップガール3/加藤実秋

  • 小学館文庫イチ推し

    猿蟹 saru・kani/鯨統一郎

  • 小学館文庫イチ推し

    あなたの明かりが消えること/柴崎竜人

  • 小学館文庫イチ推し

    公器の幻影/芦崎笙

  • 小学館文庫イチ推し

    脱・限界集落株式会社/黒野伸一

  • 小学館文庫イチ推し

    ゲノムの国の恋人/瀬川 深

  • 小学館文庫イチ推し

    付添い屋・六平太 獏の巻 嘘つき女/金子成人

  • 小学館文庫イチ推し

    世界でいちばん美しい/藤谷 治

  • 小学館文庫イチ推し

    永遠の1/2/佐藤正午

  • 小学館文庫イチ推し

    エアー2.0/榎本憲男

  • 小学館文庫イチ推し

    疑医/仙川 環

Quilala calendar
Calendar Loading
Search
User Agreement
Link

先頭へ戻る