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2017年3月号 【154】


 今号より「きらら通信」を引き継ぐことになりました。

 と、書いたきり締め切りをすぎてしまった。

 今日こそは、と万難を排して机に向かうこと二十分。何も降りてこない(まるで大作家のような物言いに我ながら苦笑……)。気分転換に、書店をふらついて良い本に出会えれば、創作意欲がかき立てられるかもしれない。神保町に繰り出し、一冊の本を購入。さすが三浦しをんさん、面白い! この勢いを借りて今なら書き上げられるかもしれない、珠玉の「きらら通信」。興奮さめやらぬ気持ちで編集部に戻る。……ダメだ。文体が三浦しをんさんになってしまう(いや、なってない、絶対なれるはずがない)。

 行き詰まってしまった。一度神保町から離れよう。電車で二駅、三越前に到着。人は、ストレスが極限に達すると物欲で心を満たそうとしてしまうのか。勢いで不必要な物を買ってしまいそうになる自分を押しとどめ、千疋屋で二千七百円のメロンパフェを食す。甘い物を食べると脳みそが働くというし、合理的な選択だったか、ひらめいた気がする。編集部に急ぎ戻る。しかし、電車に乗っているうちに脳内の糖分が分解されてしまったようだ。思いついたはずの秀逸なきらら通信が、見事に記憶から消え去る。もうすぐ十七時。書籍代、パフェ代、交通費、有閑マダムでもないのに四時間で五千円近くを散財し、あげく1ミリも進んでいない。毎月こんなことをし続けるのだろうか。誰が、こんな私を編集長にしたのか。会社は、よっぽど余裕があるのか、やけくそなのか。千文字の原稿で逃げまどい街をさまよう私。ゼロから物語を紡ぐ小説家の底知れぬ力に改めて驚愕する。

 原点に立ち戻ろう。「きらら」を過去の号に遡って精読する。双子の成長、かわいいコアラ、破天荒なミュージシャンに、激動の時代を生きた産婦人科医、壮大なラブロマンス、不思議な屋上遊園、小説の書き方、優しく愛すべきぽんこつたちのドラマ、個性豊かな猫たちの生態、書店員さんのホットな声、凄腕の書評家による本の案内! きら星のような執筆陣に支えられたこの一冊の文芸誌「きらら」。キリキリしていた私が、キラキラした気持ちに包まれる。この雑誌の編集ができる幸せを噛みしめる。やけくそ人事なんて言ってすみません。

 これからも「きらら」は続きます。今後もご愛読よろしくお願い申し上げます。


(H)

2017年2月号 【153】


 実家に所用があり、昔読んでいた本が並んでいる本棚を眺めていた。ふとそのなかから、何気なくとった一冊の絵本に途端に引き寄せられる。「たけしのえんそく」。征矢清・作、石鍋芙佐子・絵。福音館書店発行。月刊予約絵本「こどものとも」194号。1972年5月1日発行、とある。物語はこうだ。幼稚園の遠足で、主人公のたけしは、バスに乗って「はちぶせやま」へ向かう。仲良しの犬、しろはお留守番である。先生が許してくれなかったからだ。なのに、しろはバスにこっそり乗ってしまう。当然すぐに先生にばれる。しょんぼりするしろ。バスを降りてからは、みんなの後ろをついて歩く。そのうち、たけしは、しろが林のなかに駆け込んでいくを見てしまう。気が気でないたけし。しばらくして、何かが林のなかでちらっと動くのが目に入る。いてもたってもいられず、たけしはひとりの野に分け入っていく──。

 ショックだった。ストーリーはまったく覚えていないし、絵もうっすらとしか記憶にない。でも、間違いなく、昔何度も読んだ手応えだけは残っている。この項でも書いたことがある人生の古い記憶ベスト3(宇宙人にさらわれそうになった記憶と、誤って弟をローカル線のホームから突き落としてしまった記憶のあいだあたりか)くらいの時期の出来事だけに、まあ、覚えていなくても仕方がないのかもしれない。そんな風に思い直しながらページをめくり続けていた時、目の前に、文字通り、犬のしろが飛び込んできた。森のなかで迷い子になっていた主人公のたけしと同じ気持ちで、「あ、いた!」と心のなかで叫んでしまう。しろの、不安そうななかにも、ちょっとはにかんだような無邪気な瞳は完全に見覚えのあるものだった。結局、覚えていたのは、この一枚の絵だけだった。でも、何気なく絵本を手に取っていなければ、このしろい犬を記憶の奥底から救い出すことはできなかったし、なにより、なぜだか幼少期の自分に出会えたような気にすらなれたのである。かなり感傷的な感じのお話になってしまったが、むかし読んだ一冊の絵本は、その時の空気感のようなものまで真空状態で保存してくれる好例のように思えた。


(U)


※今月号をもって編集長の任を終えることになりました。約5年半にわたり、どうもありがとうございました。来月号以降も、変わらずご愛読下さいますよう、どうかよろしくお願い致します。

2017年1月号 【152】

 最初に断っておくが、今月は相当間の抜けたことを書くことになりそうだ(でも、かなりのインパクトを受けたことも間違いない!)。先日、テレビの再放送を見るともなしに見ていたら、80年代大映ドラマ「ヤヌスの鏡」をやっていた。大映ドラマがなんなのかとか、ここで丁寧に説明しているスペースはないような気もするが、この時代に生きていたひとは、即座に葛城ユキのハスキーな声の主題歌(原曲は、確か米映画「フットルース」のなかの一曲だった)や、自らをドジでのろまな亀だと自虐的にいいつのる熱血スポ根テイストのCAの物語とか、いろんなフラグメントが瞬時に脳内を駆け巡ることだろう。「ヤヌスの鏡」は、大映テイストあふれる熱量の高い演出で、あることを契機に人格が変貌してしまう主人公(昼は優等生の女子高生、夜は札付きの不良)を杉浦幸が演じている。

 さて、前置きが長くなってしまったが、冒頭にのべた吃驚したことというのは、女子生徒たちの会話のシーンである。「○○なのよ」「○○だわ」といった、昨今の日常会話ではおそらくオネエ系の方々しか使わないような気もする女性の一般的な言葉遣いが、このドラマの放送時期である80年代半ばにはまだ流通していたことがよくわかる(同時に、「やっちまいな!」「このズベ公! あたいのダチになんてことするんだい!」的ないわゆるスケバンテイストな言葉にもまだまだ現役感があったようだ)。

 いったい、いつ、どのように、こうした言葉遣いというか、特徴的な語尾が衰退していったのかは正直よくわからないが、時間が経つにつれ、だんだん男女の性差のようなものを言葉遣い自体から推し量ることが間違いなく難しくなってきている気がする。一方で小説のほうはどうなのだろう。まだまだ会話のなかでの女性登場人物の語尾として、場合によってはリアルなものとして採用されていることがあったりするように思う。

 いま、リアルと書いたが、小説自体の要請によって、その言葉遣いがリアルなものとして響いている場合があるのだろう。またしても、ここでよく書いてきた「本当」と「本当らしさ」の話になってしまったが、とはいえ、いずれ、完全に「○○なの」が小説内会話から完全になくなってしまう日もあるのかもしれない。そう考えてみると、小説もまた、時間を呼吸して生きているように思えてならない。

(U)

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